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賞状の知識館

賞状とは ・ 日本の最高の賞状って何? ・ 大勲位菊花章 ・ 桐花大綬章 ・ 旭日章 ・ 瑞宝章 ・ 宝冠章 ・ 文化勲章
褒章とは ・ 国民栄誉賞 ・ 賞状のルーツ ・ 賞状のデザイン構成 ・ 表彰状・感謝状・賞状の違い ・ 句読点  
賞状の渡し方受け取り方

総数21件 1 2

賞状とは
一般的に賞状といっても大雑把に【賞状】【感謝状】【表彰状】があります。
さらに認定証・卒業証書などの証書・顕彰状などたくさんの種類があります。
人がある活動において優秀な成績をあげ、大きな功績を残したり、他の模範となるような善行があった場合にこれを讃えて授与される賞状です。
表彰状は多くは公共性を帯びたものであり、数ある賞状類の中でも最も上位に位置づけされるものです。
したがって社会的な信頼度も高く名誉ある賞状と言えます。
日常私達が感謝の言葉として言っていることをあらためて書状にしたものが感謝状です。
表彰状のようにかしこまらずに、公共団体から個人へ、町内会や自治会といった地域の団体からその協力者といった形で贈られます。
元来賞状とはすべてを含んだ書状の総称です。
限られた言い方をする場合は、例えば研修会、文化活動、スポーツ大会というように、日ごろ私たちの生活にもかかわりの深い、各種イベントのようなものが対象となります。

褒章の章状 菊の紋です 

国家が発行する賞状です。
皇居において天皇陛下が自ら手渡されるあの厳粛な叙勲です。
勲章は国家に功績ある者に対して与えられるます。
叙勲の対象となる人達とは
生涯をささげてある活動や研究に専念し著しい功績をあげるなど長い間にわたる努力が国家レベルで評価をされた人々与えられます。
したがって高齢者が多いのも特徴で、時には故人に賜られる場合もあります。
褒章は栄典制度の一つで,社会や公共のため尽くした人々に与えられる栄典です。

叙勲とは
古代日本の律令制度下では、勲功をあげた武人に対して勲一等から勲十二等までの勲位を授けることを意味した。
明治以降は、国が個人の勲功を賞して勲等に叙し、勲記(証書)、勲章を授けることをさすようになった。
近代日本の叙勲は1875年(明治8)に制定された勲等賞牌(しょうはい)の制度(太政官布告第54号)に始まり、第二次世界大戦後の
1946年(昭和21)に生存者に対する叙勲は停止されたが、1964年に再開された。
その後、2002年(平成14)8月の閣議決定「栄典制度の改革について」で、等級の簡素化とともに各勲章についていた勲一等などの
数字は廃止された。
それにより、勲等に叙すことを意味した従来の叙勲の性格は、勲章の授章にシフトすることになった。
叙勲には、毎年2回(春は4月29日、秋は11月3日)の春秋叙勲と危険業務従事者叙勲のほか、高齢者叙勲、死亡叙勲、外国人叙勲がある。
勲章の授与・伝達のうち、大勲位と各章の大綬章は宮中で授与式が行われ、天皇が親授することになっている(親授式)。
そのほかは等級に応じて宮中で内閣総理大臣が伝達したり、所管大臣が伝達したりすることになっている(伝達式)。

叙勲の種類
大勲位菊花章 (だいくんいきっかしょう)

大勲位菊花章頸飾 (だいくんいきっかしょうけいしょく)

大勲位菊花大綬章(だいくんいきっかだいじゅしょう)

桐花大綬章( とうかだいじゅしょう)

旭日章( きょくじつしょう)

旭日大綬章(きょくじつだいじゅしょう)
旭日重光章(きょくじつじゅうこうしょう)
旭日中綬章(きょくじつちゅうじゅしょう)
旭日小綬章(きょくじつしょうじゅしょう)
旭日双光章(きょくじつそうこうしょう)
旭日単光章(きょくじつたんこうしょう)

瑞宝章 (ずいほうしょう)

瑞宝大綬章(ずいほうだいじゅしょう)
瑞宝重光章(ずいほうじゅうこうしょう)
瑞宝中綬章(ずいほうちゅうじゅしょう)
瑞宝小綬章(ずいほうしょうじゅしょう)
瑞宝双光章(ずいほうそうこうしょう)
瑞宝単光章(ずいほうたんこうしょう)

文化勲章(ぶんかくんしょう)

※上記のほかに、外国人に対する儀礼叙勲等特別な場合に、女性のみに授与される勲章として、宝冠章があります。

褒章と叙勲の違いを教えてください
褒章とは、社会や公共の福祉、文化などに貢献した者を顕彰する日本の栄典の一つです。
貢献分野により、紅綬褒章、緑綬褒章、黄綬褒章、紫綬褒章、藍綬褒章、紺綬褒章の6種類があります。
叙勲勲章を受けることです。
勲章は主に国家またはその元首が個人に対し、その功績や業績を表彰するために与える栄典の一種です。
日本で勲章は、天皇の名で授与され、現在22種類の勲章があります。
菊花章、桐花章、旭日章、瑞宝章、宝冠章および文化勲章などがあります。

大勲位菊花大綬章     大勲位菊花章頸飾
    大勲位菊花大綬章          大勲位菊花章頸飾

大勲位菊花章には大勲位菊花大綬章(だいくんい きっか だいじゅしょう)と大勲位菊花章頸飾(だいくんいきっかしょうけいしょく)があり、大勲位菊花章頸飾は日本の序章の最高位にあたる

大勲位菊花大綬章は、1876年(明治9年)12月27日、日本の最高位勲章として、旭日章に次いで明治初期に制定された勲章である。
旭日大綬章または瑞宝大綬章を授与するに値する以上の功労のある者に与えられる上位勲章として桐花大綬章
が制定されているが、大勲位菊花章は更にその上位に位置します。
大日本帝国憲法時代の宮中席次では、大勲位帯勲者は内閣総理大臣などの現職高官をも上回る序列第一類に属し大勲位菊花章頸飾受章者に次ぐ第二位であった。
2003年(平成15年)11月3日に行われた栄典制度改正後も、以前と変わらず日本の最高勲章の一つとして運用されている。

菊花大綬章のデザインは、国旗である「日の丸」を象徴する赤いガラスの日章[2]を中心に、光線(旭光)放射状にが伸びるといった、旭日章をおおよそ踏襲した物であが、上下斜めの八方向に旭光が伸びる旭日章に対して、菊花章の旭光は縦横の四方向のみである。また全ての旭光部分には白色七宝で彩色が施されている。
この四方に伸びた旭光を囲むように、黄色と緑色の七宝で彩色された菊花と菊葉がそれぞれが配されており、全体的なシルエットは円形に近い

皇族および外国人受章者以外では生前授与を受けた者は、6名である。日本国憲法施行後は、外国人受章者以外では、
内閣総理大臣を長年務めた吉田茂及び佐藤栄作が没後受章している。

桐花大綬章
日本の勲章の一つです。
明治21年1月4日に旭日章の最上位として追加制定されました。
日本に於ける高位勲章の一つです。
平成15年11月3日から勲一等旭日桐花大綬章は、旭日大綬章及び瑞宝大綬章を授与されるべき者のうち功績又は長年にわたる功労が特に優れているものに授与される勲章とし名称を桐花大綬章に改めました。
明治8年4月10日に、日本で最初の勲章として、旭日章が制定されたが、それに遅れること約13年の明治21年に勲一等旭日大綬章の上位にあたる勲章として勲一等旭日桐花大綬章が追加制定されました。
現在の桐花章の前身です。
一説によれば、金鵄勲章の制定を画策した山縣有朋に、栄典の差をつけられることを嫌った伊藤博文が対抗して制定を促したとも言われます。
当時の宮中席次において、金鵄勲章の功級は同じ数字を持つ勲等より上位に位置づけられていたため、功一級金鵄勲章は勲一等旭日大綬章よりも上位にありましたが、勲一等旭日桐花大綬章だけは例外的に功級より上位に位置づけられていました。
戦後金鵄勲章が廃止され、栄典制度改正により旭日章と瑞宝章は同格の普通勲章に改められましたが、桐花章はそれらより上位の勲章として運用されました。

運用
現在では国家または公共に対し功労のある者の中から、特に旭日大綬章または瑞宝大綬章を授与する功労より優れた功労のある者に対して授与されます。
内閣総理大臣・衆議院議長・参議院議長・最高裁判所長官といった三権の長をつとめた者には概ねこの勲章かそれ以上のものが授与されています。
また民間では卓越した功労のあった企業経営者や、経済団体連合会の会長で功労のあった者などにも授与されています。

旭日大綬章
日本の勲章の一種です。
明治8年に明治政府が勲等賞牌(しょうはい)を制定して叙勲を開始しました。
日本で最初の勲章となり、勲一等から勲八等までの8等級が制定されました。
対象は、「国家又ハ公共ニ対シ勲績アル者」とされました。
翌1876年に旭日章の上に大勲位菊花大綬章(だいくんいきっかだいじゅしょう)が新設され、さらに1888年に最上位の大勲位菊花章頸飾(だいくんいきっかしょうけいしょく)がおかれました。
旭日章に関して勲一等旭日大綬章(くんいっとうきょくじつだいじゅしょう)の上に勲一等旭日桐花(とうか)大綬章が追加され、9等級となりました。
同時に、男性を対象とした旭日章に加えて、同格で女性を対象とした宝冠章(ほうかんしょう)(8等級)
同じ等級の中では下位におかれた瑞宝章(ずいほうしょう)(8等級)も新設されました。
その後、第二次世界大戦後に生存者叙勲は一時停止されましたが、昭和39年に再開され、同じ勲章制度が引き継がれました。
しかし、平成14年8月の閣議決定「栄典制度の改革について」により、旭日章の等級は6つに整理され、勲一等などの数字は廃止されました。
同時に、旭日章と瑞宝章を同格にして男女共通とし、2つの章の違いを、功績の内容に着目する旭日章と、功労の積み重ねに着目する瑞宝章という性格におくことを明確にしました。
現在の旭日章の対象は、国レベルから地方レベルまでの公職、職種別・業種別団体など公益性を有する団体の役員、企業経営者、また社会の各分野で顕著な功績をあげた人などで、功績の度合いにより、次の6つに分かれます。
旭日大綬章、旭日重光章、旭日中綬章、旭日小綬章、旭日双光章、旭日単光章。
旭日章の意匠(いしょう)はそれぞれ多少異なりますが基本は同じで、日章を中心に八角の光線を配し、鈕(ちゅう)には桐の花葉を用
いています。
旭日大綬章 (きょくじつだいじゅしょう)
日本の勲章の一つで、旭日章の最高位。
平成14年8月の閣議決定「栄典制度の改革について」で制定された。
それ以前は、明治期に確立した勲章制度により勲一等旭日大綬章とされていた。
翌2003年5月の閣議決定「勲章の授与基準」によれば、旭日大綬章の対象者は、「内閣総理大臣、衆議院議長、参議院議長
又は最高裁判所長官の職にあって顕著な功績を挙げた者」とされております。
授与式は皇居正殿松の間で行われ、天皇が勲章を親授します。
旭日重光章 (きょくじつじゅうこうしょう)
日本の勲章の一つです。
旭日章のうち、旭日大綬章に次ぎます。
平成14年8月の閣議決定「栄典制度の改革について」により、「勲二等旭日重光章」から勲二等が省かれました。
翌2003年5月の閣議決定「勲章の授与基準」によれば、「国務大臣、内閣官房副長官、副大臣、衆議院副議長、参議院副議長
又は最高裁判所判事の職にあって顕著な功績を挙げた者にこの旭日重光章が授与される
さらに、都道府県知事、政令指定都市の市長、公益団体では全国的に活動している団体の長、企業経営者では経済社会の
発展に対する寄与が極めて大きい企業の最高責任者が対象となります。
授与は皇居正殿松の間で行われるが、天皇による親授ではなく、内閣総理大臣が受章者に伝達します。
そのあと配偶者とともに豊明殿で天皇に拝謁します。
旭日中綬章 (きょくじつちゅうじゅしょう)
日本の勲章の一つです。
旭日章6つのなかで3番目に位置します。
平成14年8月の閣議決定「栄典制度の改革について」により、「勲三等旭日中綬章」から勲三等が省かれました。
翌2003年5月の閣議決定「勲章の授与基準」によれば、公職では、大臣政務官、衆議院常任委員長、参議院常任委員長、衆議院特別委員長、参議院特別委員長または国会議員、都道府県知事、さらに、政令指定都市の市長をはじめとする市長や特別区の区長、都道府県議会議員、市議会議員、特別区の議員が対象となります。
公益団体では全国的に活動している団体の長、企業経営者では経済社会の発展に対する寄与が特に大きい企業の最高責任者が対象となります。
伝達は所管大臣が行います。
旭日小綬章 (きょくじつしょうじゅしょう)
日本の勲章の一つです。
旭日章6つのなかで4番目に位置します。
平成14年8月の閣議決定「栄典制度の改革について」により、「勲四等旭日小綬章」から勲四等が省かれました。
翌2003年5月の閣議決定「勲章の授与基準」によれば、対象者は、公職では政令指定都市の市長、それ以外の市長、特別区の区長、町村長、都道府県議会議員、市議会議員、特別区の議員、公益団体では全国および都道府県を活動範囲としている団体の長、企業経営者では経済社会の発展に対する寄与が大きい企業、国際的に高い評価を得た企業や技術がとくに優秀な企業の最高責任者が対象となります。
伝達は所管大臣が行ないます。
旭日双光章 (きょくじつそうこうしょう)
日本の勲章の一つです。
旭日章6つのなかで5番目に位置します。
平成14年8月の閣議決定「栄典制度の改革について」により、「勲五等双光旭日章」から勲五等が省かれ現在の名称になりました。
翌2003年5月の閣議決定「勲章の授与基準」によれば、対象者は、公職では政令指定都市以外の市長、特別区の区長、町村長、都道府県議会議員、市議会議員、特別区の議員、町村議会議員、公益団体では都道府県区域を活動範囲としている団体の長、全国または都道府県の区域を活動範囲としている団体の役員、市町村の区域を活動範囲としている団体の長、企業経営者では国際的に高い評価を得た企業や技術がとくに優秀な企業の最高責任者が対象です。
伝達は所管大臣が行うが、総務省および厚生労働省関係は都道府県知事が行います。
旭日単光章 (きょくじつたんこうしょう)
日本の勲章の一つです。
旭日章6つのなかで6番目に位置します。
平成14年8月の閣議決定「栄典制度の改革について」により、「勲六等単光旭日章」から勲六等が省かれ現在の名称になりました。
翌2003年5月の閣議決定「勲章の授与基準」によれば、対象者は、公職では町村長、都道府県議会議員、市議会議員、特別区の議員、町村議会議員、公益団体では市町村の区域を活動範囲としている団体の長が対象です。
伝達は所管大臣が行うが、総務省および厚生労働省関係は都道府県知事が行います。

東郷平八郎瑞宝章
  東郷平八郎の肖像           瑞宝章
日本の勲章の一つです。
瑞宝章は勲章増設の詔により大勲位菊花章頸飾並びに勲一等旭日桐花大綬章、及び女性を授与対象とした宝冠章と共に増設された勲章であります。
同日の各種勲章等級ノ製式及ヒ大勲位菊花章頸飾ノ製式により勲一等から勲八等までの8等級が制定され、各種勲章及大勲位菊花章頸飾図様によってその意匠等が定められました。
それ以前は男性を授与対象とした大勲位菊花大綬章及び旭日章しかなく、制定当時は瑞宝章も男性のみが授与対象とされていました。
婦人ノ勲労アル者ニ瑞宝章ヲ賜フノ件によって女性にも等しく授与されるようにりました。
平成15年5月20日閣議決定により、勲等が数字での表示されていたものが瑞宝大綬章、瑞宝重光章、瑞宝中綬章、瑞宝小綬章、瑞宝双光章、瑞宝単光章と名称表記に改められると共に、勲7等及び8等が廃止され、6等級とされました。
瑞宝章は、「国家又ハ公共ニ対シ積年ノ功労アル者」に授与すると定められ具体的には「国及び地方公共団体の公務」または「公共的な業務」に長年にわたり従事して功労を積み重ね、成績を挙げた者を表彰する場合に授与されます。
明治25年7月19日、広瀬宰平(住友総理事)、渋沢栄一(第一銀行頭取)、古河市兵衛(足尾銅山経営者)、伊達邦成(北海道開拓者)の4人が、「民間人」として初めて勲四等瑞宝章を受章しました。
それまで、勲章は国家のために尽くした者、つまり官吏にしか授けられなかったが、同年賞勲条例が改正され、民間人でも国家のためにつくした者には授与されることとなりました。
瑞宝大綬章(ずいほうだいじゅしょう)
日本の勲章の一つです。
瑞宝大綬章は、瑞宝章の最高位の勲章であります。
瑞宝章は明治21年1月4日に制定され、平成15年に改正されました。
勲章のデザインは、古代の宝であった宝鏡を中心に大小16個の連珠を配して、四条ないし八条の光線を付します。
紐(ちゅう、正章と綬をつなぐ部分)には桐の花葉を用いています。
綬(リボン)は、織地藍色、双線橙黄色です。
瑞宝大綬章の受章者には、中央省庁の事務次官、検事総長、特命全権大使、会計検査院長、主要大学の学長などを経験した者が多い。
栄典改革前の勲一等瑞宝章は、大企業の経営者に授与されることも多く、トップに勲一等瑞宝章が授与される企業は俗に「瑞一企業」とも呼ばれました。
栄典改革後には、瑞宝大綬章は公務員であった者に授与されることが多く、大企業の経営者には旭日大綬章など旭日章を授与する例が
多い。これは、栄典改革の際に「勲章の授与基準」平成15年5月20日閣議決定を改正したことによります。
瑞宝章は、「国及び地方公共団体の公務又は…公共的な業務に長年にわたり従事して功労を積み重ね、成績を挙げた者を表彰する場合
に授与する」と定められ、その授与基準は、「その者の果たした職務の複雑度、困難度、責任の程度等」について評価を行い、特に重要と認められる職務を果たし成績を挙げた者に対しては瑞宝重光章以上を授与すると定められています。
この授与基準によれば、「事務次官の職を務めた者」には瑞宝重光章を授与すると定めているが、「その者の功労全体を総合的に
評価して、より上位の勲章の授与を検討することができる」としたため、事務次官経験者に瑞宝大綬章を授与することもあります。
瑞宝重光章 (ずいほうじゅうこうしょう)
日本の勲章の一つです。
瑞宝章のうち、瑞宝大綬章に次ぐ。平成14年8月の閣議決定「栄典制度の改革について」により、それまでの勲二等瑞宝章から名称が変更されました。
翌2003年5月の閣議決定「勲章の授与基準」によれば、公共的な職務の複雑度、困難度、責任の程度などを評価し、特に重要と認められる職務をはたし成績をあげた人に対して、瑞宝重光章以上を授与するとなっています。
一般行政事務では事務次官が対象となるほか、高裁判事や大学の学長などが多い。
授与は皇居正殿松の間で行われるが、天皇による親授ではなく、内閣総理大臣が受章者に伝達します。
そのあと配偶者とともに豊明殿で天皇に拝謁します。
瑞宝中綬章 (ずいほうちゅうじゅしょう)
日本の勲章の一つです。
瑞宝章6つのなかで3番目に位置します。
平成14年8月の閣議決定「栄典制度の改革について」により、それまでの勲三等瑞宝章から名称が変更されました。
翌2003年5月の閣議決定「勲章の授与基準」によれば、公共的な職務の複雑度、困難度、責任の程度などを評価し、重要と認められる職務をはたし成績をあげた人に対して授与されます。
一般行政事務での瑞宝中綬章の対象者は中央省庁の部局で長を務めた人で、そのほかでは大学教授に多い章です。
伝達は所管大臣が行います。
瑞宝小綬章 (ずいほうしょうじゅしょう)
日本の勲章の一つです。
瑞宝章6つのなかで4番目に位置します。
平成14年8月の閣議決定「栄典制度の改革について」により、それまでの勲四等瑞宝章から名称が変更されました。
翌2003年5月の閣議決定「勲章の授与基準」によれば、公共的な職務の複雑度、困難度、責任の程度などを評価し、重要と認められる職務をはたし成績をあげた人に対して、瑞宝小綬章以上を授与するとなっています。
一般行政事務での瑞宝小綬章の対象者は本府省の課長を務めた人で、そのほかでは郵便局長や警察署長、税務署長、公立高校長などに多い。
伝達は所管大臣が行うが、総務省関係は都道府県知事が行います。
瑞宝双光章 (ずいほうそうこうしょう)
日本の勲章の一つです。
瑞宝章6つのなかで5番目に位置します。
平成14年8月の閣議決定「栄典制度の改革について」により、それまでの勲五等瑞宝章から名称が変更されました。
翌2003年5月の閣議決定「勲章の授与基準」によれば、公共的な職務の複雑度、困難度、責任の程度などを評価し、職務をはたし成績をあげた人に対して授与するとなっています。
受章者には保護司や小・中学校長などが多い。伝達は所管大臣が行うが、総務省および厚生労働省関係は都道府県知事が行います。
瑞宝単光章 (ずいほうたんこうしょう)日本の勲章の一つです。
瑞宝章6つのなかで6番目に位置します。
平成14年8月の閣議決定「栄典制度の改革について」により、それまでの勲六等瑞宝章から名称が変更されました。
翌2003年5月の閣議決定「勲章の授与基準」によれば、公共的な職務の複雑度、困難度、責任の程度などを評価し、職務をはたし成績を
あげた人に対して、瑞宝単光章以上を授与するとなっています。
受章者には消防団長、民生・児童委員、看護師長などが多い。伝達は所管大臣が行うが、総務省および厚生労働省関係は都道府県知事が行います。

宝冠章
日本に於ける勲章の一つです。
明治21年1月4日に勲一等から勲五等までを制定、明治29年4月13日に勲六等から勲八等までが追加制定されました。
以後長らく八等級での運用が行われていたが、平成15年11月3日の栄典制度改正により勲七等と勲八等が廃止されました。
現在では六つの級での運用です。
宝冠章は制定以来、その授与対象を女性に限定した唯一の勲章す。
勲章制度の男女均等を図った栄典制度改訂後の現在でも女性のみに授与されるものとなっています。
栄典制度改訂により旭日章、桐花章、菊花章が女性にも与えられるようになったため、一般の叙勲に於いては宝冠章は運用されておりません
現在では日本の女性皇族に対する叙勲と、国家元首や皇族・王族などの公式訪問の際に行われる、外国人に対する儀礼叙勲に限定して
運用されています。
特筆すべき例としては、元イギリス首相のマーガレット・サチャーが勲一等宝冠章を贈られたことが挙げられます。
外交儀礼による交換ではなく、純粋に個人の功労が評価されて大綬章(勲一等)が授与された非常に希な事例であります。
現在でも国家の正式な勲章の一つとして存続しているが、女性皇族や外国人女性賓客などを対象とした非常に限定的な運用がなされています。


芸術や学問など、文化の発達にめざましい功績をあげた人に授与される勲章です。
毎年11月3日の文化の日に授与式が行われ、天皇陛下から直接、橘の中央に曲玉をデザインした勲章が贈られます。
文化勲章の授与が始まったのは、1937年2月に文化勲章令が制定されてから、受章の候補者は、文化功労者の中から選ばれるしくみなっており、大学教授や文化施設長らがメンバーの文化審議会の意見を聞いた上で、文部科学大臣が選考し、内閣総理大臣に推薦を行い閣議決定されます。
第1回の文化勲章は、日本画家の横山大観、物理学者の長岡半太郎など9人が受章しました。
毎年5人ずつ選定されるのが定例になっていましたが、2008年度はノーベル賞受賞者が3人出たこともあってか、8人が文化勲章を授与されました。
ノーベル物理学賞を受賞した小林誠と益川敏英、ノーベル化学賞受賞の下村脩を始め、指揮者の小澤征爾、小説家の田辺聖子らが受章しています。
なお、09年度の受章者は、名城大教授で材料科学の飯島澄男、歌舞伎俳優の坂田藤十郎、落語家の桂米朝ら5人、桂米朝は落語界初の受章者となりました。
一方、文化勲章の受章候補に選ばれながら、それを辞退する文化人もいます。
小説家の大江健三郎は、1994年にノーベル文学賞を受賞し、文化勲章の授与も打診されましたが、「民主主義に勝る権威と価値観を認めない」との理由で辞退しました。
またその翌年には、女優の杉村春子が、「自分には大きすぎるもっと自由でいたい。ただ芝居をしていたいだけ」との理由で辞退しています。

広く民間の各種善行者に授与される栄典です。
種類による区別はあるが等級の差はありません
太政官布告の褒章条例(1881年)で定められ,初めは紅綬褒章,緑綬褒章,藍綬褒章の3種,1918年紺綬褒章が加わり,1955年政令により黄綬褒章,紫綬褒章の各褒章ができました。
天皇が内閣の助言と承認により授与します。
勲章、位階と並ぶ日本の栄典の一つです。
勲章が国家または公共への功労を顕彰(けんしょう)するものであるのに対し、褒章は社会の各分野での優れた事績、行いを顕彰すると1881年(明治14)の太政官布告第63号「褒章条例」によって制定されました。
章は円形のメダルで、中央の金色の円内に褒章と記され、それを銀色の桜花紋(おうかもん)が囲んでいます。
6種類は、それぞれの名称となっている色でつくられた、章を吊るす綬(じゅ)(リボン)で区別されています。
複数回の受章となる場合は、褒章でなく、銀製の飾版(しょくはん)が授与され、それが5個以上になると、5個ごとに金製の飾版1個と引き換えます。
なお、表彰される者が団体の場合は、褒章ではなく褒状が授与されます。
また、受章対象者が死亡している場合は、遺族に賞杯(銀杯・木杯)または褒状が贈られます。


自己の危難を顧みず人命の救助に尽力したる者に授与されます。
1882年(明治15年)、青森県の海岸で暴風波浪により難破した漁船乗組員を救助した工藤仁次郎が受章第1号です。
2003年(平成15年)の栄典制度改正に伴い受章機会の拡大が図られ
2004年(平成16年)春の褒章では16年ぶりに紅綬褒章が3名に授与されました。
2005年(平成17年)春の褒章では落水車からの人命救助により15歳の少年に贈られました。(未成年者で初の受章)
また同年秋の褒章では、JR福知山線脱線事故で救助活動に当たった日本スピンドル製造や二次災害を防いだ主婦に贈られました。
2011年(平成23年)秋の褒章では、川で溺れていた男児を協力して救助した13歳の少年に贈られました(2015年現在、最年少の受章者)。


自ら進んで社会に奉仕する活動に従事し徳行顕著なる者に授与されます。
当初は「孝子・順孫・節婦・義僕の徳行卓絶なる者又は実業に精励し衆民の模範たるべき者」に授与することとされていました。
1882年(明治15年)、青森県で数十年にわたり母へ孝養を尽くした外崎専四郎が受章第1号です。
1950年(昭和25年)12月25日の受章を最後に一旦途絶えました。
これは1955年(昭和30年)の栄典制度改正で「実業に精励し―」の部分が黄綬褒章として独立し対象が狭まったこと、「孝子・順孫・節婦」の部分が家制度と家長を否定し法の下の平等・両性の平等・個人の尊厳を唱える日本国憲法第14条・日本国憲法第24条の趣旨に合わないこと、「義僕」とあるが家事使用人を長期にわたって雇うような裕福な家庭は最早見当たらないことなどによります。
そのため、平成15年栄典制度改正では受章機会・選考基準の見直しが図られ、平成14年8月12日政令第278号改正では褒章条例第1条中の緑綬褒章に関する部分が「自ラ進デ社会ニ奉仕スル活動ニ従事シ徳行顕著ナル者ニ賜フモノトス」と改められました。
これにより、社会福祉分野やボランティア活動などで顕著な実績のある個人等に授与することとなりました。
そして、翌2004年(平成16年)春の褒章では半世紀ぶりに緑綬褒章が26名に授与されました。
2008年(平成20年)には、長年の受刑者更生支援等奉仕者として、芸能人で初めて杉良太郎が受章しました。
芸歴の長い俳優は紫綬褒章の対象になることが多く、杉も翌2009年(平成21年)に紫綬褒章を授与されました。


業務に精励し衆民の模範たるべき者に授与されます。
1887年(明治20年)、黄綬褒章臨時制定ノ件(明治20年勅令第16号)により「私財ヲ献納シ防海ノ事業ヲ賛成スルモノニ授与スル」(沿岸防衛事業への私財提供者)と定められました。
このときの受章第1号は、中井新右衛門
その後数年間は授章されたものの、長らく途絶えていました。
この勅令は、1947年(昭和22年)の内閣官制の廃止等に関する政令(昭和22年政令第4号)により一旦廃止された。
1955年(昭和30年)の栄典制度改正により、授与する理由をあらためて再度制定されました。
同年、多年にわたり水稲農作技術の向上に努力した北海道の天崎正太郎が新たな受章第1号です。
改正されてからは、毎年500人から600人が受章しています。
2003年(平成15年)の栄典制度改正では、「第一線で業務に精励している者で、他の模範となるような技術や事績を有する者を対象とし、受章者数の増加を図る」こととされました。


学術芸術上の発明改良創作に関し事績著明なる者に授与されます。
褒章条例(明治14年太政官布告第63号)の改正により、1955年(昭和30年)1月23日に制定されました(昭和30年政令第7号)。
同条例1条は、紫綬褒章を「学術芸術上ノ発明改良創作ニ関シ事績著明ナル者ニ賜フモノトス」と定めています。
2002年(平成14年)の栄典改革により、「紫綬褒章については、年齢制限を撤廃し、科学技術分野における発明・発見や、学術及びスポーツ・芸術分野における優れた業績等に対して、速やかに表彰する。」とされ従来50歳以上とされていた年齢制限が撤廃されました。
例年、春(4月29日)と秋(11月3日)の2回発令され、学術、芸術、スポーツ分野の功労者に授与されます。
「勲章、記章、褒章等の授与及び伝達式例」(昭和38年7月12日閣議決定)4条は、褒章について、「内閣総理大臣の命を受け、内閣府賞勲局長が所管大臣に伝達し、所管大臣が適宜受章者に伝達する。」と定めました。
通例、紫綬褒章の伝達式は、東京都内のホテルなどで行なわれます。
また受章者は、伝達式にあわせて、皇居で天皇に拝謁します。
紫綬褒章の受章者には、紫色の綬(リボン)が付されたメダルと、受章の理由・受章日などが書かれた天皇名の褒状、略綬が授与されます。
褒章をもって表彰されるべき者が団体であるときは、褒状が授与されます。
団体に対して紫綬褒章と同様の理由で授与された例としては、2006年(平成18年)のワールド・ベースボール・クラシック第1回大会で優勝した日本代表チーム(王貞治監督)が初めてです。


教育衛生慈善防疫の事業、学校病院の建設、道路河渠堤防橋梁の修築、田野の墾闢(こんぺき、開墾)、森林の栽培、水産の繁殖、農商工業の発達に関し公衆の利益を興し成績著明なる者又は公同の事務に勤勉し労効顕著なる者」に授与されます。
1882年(明治15年)、灌漑用水を開通させて荒野を農地に変え村民生活の向上に貢献した大阪府の石田長蔵・久保田伊平が受章第1号、第2号で、第3号〜第7号は北海道函館の常野正義・渡辺熊四郎・平田兵五郎・今井市右衛門・平塚時蔵の5人です。
戦後は毎年600人から1000人が受章しています。
2003年(平成15年)の栄典制度改正では、「公衆の利益を興した者に対する藍綬褒章の選考に当たっては、他の模範となるような優れた業績が認められる者を対象とします。
また従来公同の事務とされている分野について運用の見直しをい、勲章の対象との関係を整理する」こととされました。


公益のため私財を寄附し功績顕著なる者」に授与されます。
大正7年に制定。1919年(大正8年)、恩賜財団済生会へ5万円(現在の価値で1000万円相当を寄付した小野光景が受章第1号です。
紺綬褒章は他の褒章のように受章機会が春秋のみに限られず、事由の発生に合わせて毎月末にまとめられ閣議で決定され発令されます。
昭和55年の授与基準では、公的機関や公益法人などへの500万円以上の寄付をした個人、1000万円以上の寄付をした団体が主な対象となりました。

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